父が古本好きだったので、子供の頃から古本屋さんには出入りしていました。
といっても、ずっと通っていたわけではなく、新刊しか買わない時期もありました。
古本市に出店するようになってから、古本屋さんと知り合うことも増え、
また、ちょこちょこ足を運ぶようになりました。
今日は、そんな古本屋さんの一軒、池袋にある古書往来座さんへ、
本を売りに行きました。
正確に言うと、自分が行ったのではなく、相方に原付で運んでもらいました。
私が持っている古本は、高い価格がつくようなものではないので、
古本屋さんに買取をお願いするのも気がひけるのですが。
みちくさ市の帰りに、売れ残った本を買い取っていただいた時に、
意外な高値(少なくともブッ○オフよりは高い価格)をつけていただけたので、
またお願いしたいと思った次第です。
古本屋さんでも、古書組合に入っていない場合など、
「処分に困るので不要な本は買い取れない」というお店もあります。
業者ゴミになってしまうと、資源ゴミでも有料になったりするからです。
が、往来座さんは組合にも入っているし、「基本的には何でも買い取る」という姿勢です。
めんこやマッチなども売っているし、ギターを売っていたこともあったような。
まあ、何でもといっても限界はあって、
確か映画のパンフ(最近のもの)は、値段がつかないとのことでした。
飲料の箱に1箱分、茶色のバッグ1つ分、ビニール袋に入れた文庫を、
買い取っていただきました。
・飲料の箱 単行本17冊、新書と文庫 25冊
・茶色のバッグ 雑誌と単行本 28冊
・ビニール袋 新書と文庫 18冊
合計88冊、で、4,000円になりました。
貴重な本があれば別ですが、さして値段のつかない本が中心なので、
とてもありがたい値付けです。
知り合いだからということで、多少上乗せしてくれているのかも知れません。
88冊もの本を処分しても、「全然減ったように見えない」のは問題ですが、
とにかく「私が保管しなくても良い」「古本市で直接売らんでも良い」と判断した本は、
こういった方法でどんどん処分していこうと思います。
2014年9月29日月曜日
2014年9月24日水曜日
古本と雑貨フェアへ持ち物を出品
神保町にあるカフェ、ヒナタ屋さんで、本の委託販売をしています。
常設の販売用本棚とは別に、時々フェアが開催されて、
それにも参加させてもらっています。
9月24日から、神保町が最もにぎわう「秋の古本まつり」を挟んで11月14日まで、
古本と雑貨のミニマーケットが開催されるので、納品に行きました。
これはフェアの全体写真で、4組がそれぞれ古本や雑貨を出品しています。
私の持ち場は一棚分ですが、ちょっとハミダシています。
家にあった雑貨類、いつか使おうと思っていて2年以上経過しているもの、
飾っていたけど「もういいや」なもの、知人が作った布モノなどなど。
ここに置いたモノは、「手放す=家から出す」と決めたモノです。
フェア終了後、売れなかったモノについては、行き先を探すことになるでしょう。
他の、こういったフェアに出すとか、「ご自由にボックス」を作るとか、
バザーに出すとか・・・何にせよ、手放します。
持っていったモノの点数 50点
一時的に戻ってくるモノもいそうですが、「私の持ち物」に復帰することはないので。
これが、今日の「減らす」の成果です。
常設棚の本の補充、取替えもしましたが、精算をしていないので、それはまた別の機会に。
常設の販売用本棚とは別に、時々フェアが開催されて、
それにも参加させてもらっています。
古本と雑貨のミニマーケットが開催されるので、納品に行きました。
これはフェアの全体写真で、4組がそれぞれ古本や雑貨を出品しています。
私の持ち場は一棚分ですが、ちょっとハミダシています。
家にあった雑貨類、いつか使おうと思っていて2年以上経過しているもの、
飾っていたけど「もういいや」なもの、知人が作った布モノなどなど。
ここに置いたモノは、「手放す=家から出す」と決めたモノです。
フェア終了後、売れなかったモノについては、行き先を探すことになるでしょう。
他の、こういったフェアに出すとか、「ご自由にボックス」を作るとか、
バザーに出すとか・・・何にせよ、手放します。
持っていったモノの点数 50点
一時的に戻ってくるモノもいそうですが、「私の持ち物」に復帰することはないので。
これが、今日の「減らす」の成果です。
常設棚の本の補充、取替えもしましたが、精算をしていないので、それはまた別の機会に。
2014年9月21日日曜日
本の処分方法|001|古本フリマ(一箱古本市)に出店
我が家で最も数多いアイテムといえば、間違いなく、本。
この家に引っ越してきた時も、引っ越し業者さんに嫌がられたぐらい多かったのですが、
ダンボール箱50以上につまったそれは、主に相方の本でした。
それが、今では私の買った本たちが溢れかえって収集がつかない状況に。
なぜそんなことになったかと言えば、素人参加の古本市に嵌ったことがきっかけです。
フリーマーケットの本バージョン、とでも言えば、わかりやすいでしょうか。
古本市は、本来プロの古書店が集まって開催するものでした。
しかし、ここ10年ほど、素人でも参加できるタイプの古本市があちこちで開催され、
全国的に拡がっています。
そういったイベント自体は、もっと前からあったようですが、
東京の谷根千、しのばずブックストリートで2005年に一箱古本市が開催され、
その名称やルール、街の活性化にも繋がる点が注目されたようです。
私が一箱古本市的なイベントに参加するようになったのは2009年。
それについては、駄々猫舎★活動記録に綴っていますので、ご興味ある方はご覧下さい。
最初は「本の処分」が目的だったのに、行くたびに売る以上の本を買ってしまい、
その内、今までは「処分に困る」という理由で買わなかった本まで、
「古本市で売れば良いし」と買うようになり・・・。
まあ、理由は色々あるのですが、ミニマリズムに目覚めた今は、とにかく処分あるのみ、です。
今日は近場の鬼子母神通りみちくさ市に出店しました。
小さいサイズで撮ってしまったこともあり、写真がボケボケですが、
こんな感じで、本を並べて販売しました。
この会場は、出店サイズにうるさくないこともあり、かなり自由に並べられます。
また、古本フリマですが、本が20冊あれば、雑貨や手作り品なども販売可、です。
売上管理は、スリップや値札シールでしています。
今日は、売上も販売点数も今ひとつでしたが、
参加費と交通費を払っても黒字でしたし、参加すること自体が楽しいので、満足でした。
手放した本の冊数 27冊
手放した雑貨の数 8点
残った本の3/4は、知人の古本屋の「委託棚」に納めました。
そちらでも、8冊ぐらい売れていました。
私の持ち物ではありますが、その本たちは「家の外にあって、戻す気はない」ので、
カウント外にしています。
本を一気に減らすなら、プロの古書店やブックオフの宅本便に頼むのが良いと思いますが、
まだそこまで思い切れません。
積読本をそのまま手放すのも辛く、収集ジャンルもあるので、
本の処分は、私にとって難易度が高いです。
今後、たぶん色々な「処分方法」が登場することと思います。
まさか100通りも紹介しないとは思うけれど、3桁で番号をつけておきます。
そうそう、いつもは「売れた以上に買ってしまう」私ですが、
今日は、知人の古本屋で求めた1冊を含め、4冊がイン。
この本たちが長く滞在しないように、さっさと読んで、さっさと手放します。
この家に引っ越してきた時も、引っ越し業者さんに嫌がられたぐらい多かったのですが、
ダンボール箱50以上につまったそれは、主に相方の本でした。
それが、今では私の買った本たちが溢れかえって収集がつかない状況に。
なぜそんなことになったかと言えば、素人参加の古本市に嵌ったことがきっかけです。
フリーマーケットの本バージョン、とでも言えば、わかりやすいでしょうか。
古本市は、本来プロの古書店が集まって開催するものでした。
しかし、ここ10年ほど、素人でも参加できるタイプの古本市があちこちで開催され、
全国的に拡がっています。
そういったイベント自体は、もっと前からあったようですが、
東京の谷根千、しのばずブックストリートで2005年に一箱古本市が開催され、
その名称やルール、街の活性化にも繋がる点が注目されたようです。
私が一箱古本市的なイベントに参加するようになったのは2009年。
それについては、駄々猫舎★活動記録に綴っていますので、ご興味ある方はご覧下さい。
最初は「本の処分」が目的だったのに、行くたびに売る以上の本を買ってしまい、
その内、今までは「処分に困る」という理由で買わなかった本まで、
「古本市で売れば良いし」と買うようになり・・・。
まあ、理由は色々あるのですが、ミニマリズムに目覚めた今は、とにかく処分あるのみ、です。
今日は近場の鬼子母神通りみちくさ市に出店しました。
小さいサイズで撮ってしまったこともあり、写真がボケボケですが、
こんな感じで、本を並べて販売しました。
この会場は、出店サイズにうるさくないこともあり、かなり自由に並べられます。
また、古本フリマですが、本が20冊あれば、雑貨や手作り品なども販売可、です。
売上管理は、スリップや値札シールでしています。
今日は、売上も販売点数も今ひとつでしたが、
参加費と交通費を払っても黒字でしたし、参加すること自体が楽しいので、満足でした。
手放した本の冊数 27冊
手放した雑貨の数 8点
残った本の3/4は、知人の古本屋の「委託棚」に納めました。
そちらでも、8冊ぐらい売れていました。
私の持ち物ではありますが、その本たちは「家の外にあって、戻す気はない」ので、
カウント外にしています。
本を一気に減らすなら、プロの古書店やブックオフの宅本便に頼むのが良いと思いますが、
まだそこまで思い切れません。
積読本をそのまま手放すのも辛く、収集ジャンルもあるので、
本の処分は、私にとって難易度が高いです。
今後、たぶん色々な「処分方法」が登場することと思います。
まさか100通りも紹介しないとは思うけれど、3桁で番号をつけておきます。
そうそう、いつもは「売れた以上に買ってしまう」私ですが、
今日は、知人の古本屋で求めた1冊を含め、4冊がイン。
この本たちが長く滞在しないように、さっさと読んで、さっさと手放します。
2014年9月1日月曜日
ミニマリズムに出会う
今日、人生というか、生き方というか、ライフスタイルを変える決心をしました。
この本に出会ったから。
昨日は、完全オフだったけれど、一昨日の疲れを引きずっていて、何もする気になれず。
夜になっても、心も身体もぐんにゃりとしていたので。
パソコンを切って、寝転がってこの本を読むことにしたのです。
まあ、眠くなったら寝てしまえ、ぐらいな気持ちで。
でも、読んでいく内に、起き上がって、フセンを貼りだしました。
そして、読み終わる頃には、本がフセンだらけに。
それ自体は珍しいことではないのです。
私は結構「感動しい」だし、本や雑誌を読んでいて、ちょっとイイなと思った言い回し、
知らない人名や言葉が出てくると、気軽にフセンを貼ります。
*
「おや」と思ったのは、読み終えた時の心の状態。
「やらなくちゃ」ではなくて、静かに「行動しよう」という気持ちがわいてきました。
なんとなく、楽しいことを想像するような「わくわく」感を伴って。
私にとって、家の中をスッキリさせたいというのは、長年の願いです。
今までも、片付け、シンプルライフ、そうじ力、断捨離など、多くの本を読んできました。
やっぱりフセンを貼って、それなりに納得し、「頑張ろう」と実践しました。
でも、捨てたり売ったり掃除したり整理しても、ほとんど三日坊主。
なぜでしょうか。
今までの本が、まったくの役立たず、というわけではありません。
ただ、それらの本にはノウハウはあっても、私が心から賛同できる思想がなかった。
だから、参考にはなっても、最終目的地には到らなかった、のだと思います。
「腑に落ちる」という言葉がありますが、
頭で決心したつもりになっていても、本当の意味で納得はしていなかったのです。
著者の方々の悪口を言うつもりはありませんが、
「○○を実践した結果、こういう風に生きています」という姿が、
「そうなりたいな」と思うようなものではありませんでした。
評判になったりして、むしろ多忙で大変そうに思えたぐらいです。
部屋はスッキリしていても、メールボックスは片付いているのかな?
どうも、最終目的地が私の求めとあっていなかったようです。
*
この本には、ノウハウよりも、マインドの問題が多く扱われていました。
「自分はこうやって、よりシンプルな生活に移行した」という内容もありますが、
「何のためにそうしたか」「その結果、どうなったか」ということが綴られていました。
ミニマリズムは、何かを強要するものではありません。
シンプルライフに通じるし、より大切なものに集中し、力と時間を割くために、
その他(特に物品や欲)を手放すことを薦めてはいるけれど、
「必ずこれをしなければならない」というルールはありません。
無駄をなくすことは奨励されていますが、
何を無駄と感じるかはそれぞれに任せられています。
持ち物が少なければエライ、とか、そういうことでもないのです。
自分が「こうしたい」と思ったことを、「せねばならない(マスト)」まで持っていき、
己の頭で考えて、「頑張る」のではなくて、ただ「行動する」だけ。
まずは、
「自分の生活を変えることを決意する」
「マストリストを作り、勇気を持って、一歩踏み出す」
そこから始めれば良いと書いてありました。
*
私の今の状態は、とにかく大量のモノ、コトに気持ちが押しつぶされそうな毎日。
いつも追い立てられているように感じ、焦っていて、イライラしがち。
多くを望んでいるわけではなく、相方と二人、欧米人からすれば「ウサギ小屋」で、
のんびり気持ちよく暮らしたいだけなのに、毎日が苦しくてなりません。
原因は何なのか。
大量のモノと情報、それを維持するためにあくせくしなければならないのです。
形のあるモノだけじゃなく、メールだのポイントだのつきあいだのです。
存在意義を認められたいとか、好かれたいとかの欲望です。
それは本当に必要?
それは本当に大切?
もう限界だったのだから、今が決断の時。
私は若くないので、体力的にもこれが最後の機会でしょう。
*
大量のモノその他を手放すことには痛みが伴います。
でも、ここで決意しなければ、残りの人生も鬱々と過ごさねばならないでしょう。
だから、三日坊主にならないように、著者たちを真似することにしました。
エッセイは書けないけれど、記録を綴って公開することならできそうです。
マストリストを作るには、まだ日がかかりそうだけれど、
今日からすることを二つ決めました。
1.毎日、何か一つでもいいから処分する(減らす)こと
2.それを、ここに正直に記録すること
更に、もう一つ、今日から一週間、9月7日までのチャレンジ。
3.消耗品と飲食物以外のモノを一つも買わないこと
お金を使わないということじゃなく、家の中に増えるものを買わないのです。
著者の一人、ミルバーン氏は一年間チャレンジしたそうですが、
それはまだ私には難しすぎるので、まずは一週間。
高額なものにはもともと興味がありませんが、危ない領域は、本と雑貨です。
「買う」という行為自体が好きな上、安価なので簡単に買えてしまうから。
でも、この一週間は、たとえヤフオクで10円でも買いません。
ポイントで買えても(現金を使わなくても)買いません。
心苦しくもあるのですが、その場へ行くと「買いたい」誘惑に勝てないので。
Kさんの個展もN社のイベントも、友達のお店にも、今週は行きません。
この本に出会ったから。
昨日は、完全オフだったけれど、一昨日の疲れを引きずっていて、何もする気になれず。
夜になっても、心も身体もぐんにゃりとしていたので。
パソコンを切って、寝転がってこの本を読むことにしたのです。
まあ、眠くなったら寝てしまえ、ぐらいな気持ちで。
でも、読んでいく内に、起き上がって、フセンを貼りだしました。
そして、読み終わる頃には、本がフセンだらけに。
それ自体は珍しいことではないのです。
私は結構「感動しい」だし、本や雑誌を読んでいて、ちょっとイイなと思った言い回し、
知らない人名や言葉が出てくると、気軽にフセンを貼ります。
*
「おや」と思ったのは、読み終えた時の心の状態。
「やらなくちゃ」ではなくて、静かに「行動しよう」という気持ちがわいてきました。
なんとなく、楽しいことを想像するような「わくわく」感を伴って。
私にとって、家の中をスッキリさせたいというのは、長年の願いです。
今までも、片付け、シンプルライフ、そうじ力、断捨離など、多くの本を読んできました。
やっぱりフセンを貼って、それなりに納得し、「頑張ろう」と実践しました。
でも、捨てたり売ったり掃除したり整理しても、ほとんど三日坊主。
なぜでしょうか。
今までの本が、まったくの役立たず、というわけではありません。
ただ、それらの本にはノウハウはあっても、私が心から賛同できる思想がなかった。
だから、参考にはなっても、最終目的地には到らなかった、のだと思います。
「腑に落ちる」という言葉がありますが、
頭で決心したつもりになっていても、本当の意味で納得はしていなかったのです。
著者の方々の悪口を言うつもりはありませんが、
「○○を実践した結果、こういう風に生きています」という姿が、
「そうなりたいな」と思うようなものではありませんでした。
評判になったりして、むしろ多忙で大変そうに思えたぐらいです。
部屋はスッキリしていても、メールボックスは片付いているのかな?
どうも、最終目的地が私の求めとあっていなかったようです。
*
この本には、ノウハウよりも、マインドの問題が多く扱われていました。
「自分はこうやって、よりシンプルな生活に移行した」という内容もありますが、
「何のためにそうしたか」「その結果、どうなったか」ということが綴られていました。
ミニマリズムは、何かを強要するものではありません。
シンプルライフに通じるし、より大切なものに集中し、力と時間を割くために、
その他(特に物品や欲)を手放すことを薦めてはいるけれど、
「必ずこれをしなければならない」というルールはありません。
無駄をなくすことは奨励されていますが、
何を無駄と感じるかはそれぞれに任せられています。
持ち物が少なければエライ、とか、そういうことでもないのです。
自分が「こうしたい」と思ったことを、「せねばならない(マスト)」まで持っていき、
己の頭で考えて、「頑張る」のではなくて、ただ「行動する」だけ。
まずは、
「自分の生活を変えることを決意する」
「マストリストを作り、勇気を持って、一歩踏み出す」
そこから始めれば良いと書いてありました。
*
私の今の状態は、とにかく大量のモノ、コトに気持ちが押しつぶされそうな毎日。
いつも追い立てられているように感じ、焦っていて、イライラしがち。
多くを望んでいるわけではなく、相方と二人、欧米人からすれば「ウサギ小屋」で、
のんびり気持ちよく暮らしたいだけなのに、毎日が苦しくてなりません。
原因は何なのか。
大量のモノと情報、それを維持するためにあくせくしなければならないのです。
形のあるモノだけじゃなく、メールだのポイントだのつきあいだのです。
存在意義を認められたいとか、好かれたいとかの欲望です。
それは本当に必要?
それは本当に大切?
もう限界だったのだから、今が決断の時。
私は若くないので、体力的にもこれが最後の機会でしょう。
*
大量のモノその他を手放すことには痛みが伴います。
でも、ここで決意しなければ、残りの人生も鬱々と過ごさねばならないでしょう。
だから、三日坊主にならないように、著者たちを真似することにしました。
エッセイは書けないけれど、記録を綴って公開することならできそうです。
マストリストを作るには、まだ日がかかりそうだけれど、
今日からすることを二つ決めました。
1.毎日、何か一つでもいいから処分する(減らす)こと
2.それを、ここに正直に記録すること
更に、もう一つ、今日から一週間、9月7日までのチャレンジ。
3.消耗品と飲食物以外のモノを一つも買わないこと
お金を使わないということじゃなく、家の中に増えるものを買わないのです。
著者の一人、ミルバーン氏は一年間チャレンジしたそうですが、
それはまだ私には難しすぎるので、まずは一週間。
高額なものにはもともと興味がありませんが、危ない領域は、本と雑貨です。
「買う」という行為自体が好きな上、安価なので簡単に買えてしまうから。
でも、この一週間は、たとえヤフオクで10円でも買いません。
ポイントで買えても(現金を使わなくても)買いません。
心苦しくもあるのですが、その場へ行くと「買いたい」誘惑に勝てないので。
Kさんの個展もN社のイベントも、友達のお店にも、今週は行きません。
自分が決めたことは、「マスト」事項として守る。
そこから、始めます。
そこから、始めます。
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