置き場所にも困っていた、巨大な掃除機を粗大ゴミに出しました。
直接的な理由は「壊れたから」なのですが、
ミニマリズム的にも、処分を決断できて良かったのではないかと。
相方が長時間続けて使用していたら、なんだか焦げ臭い!
ピーピーと警告音が鳴りました。
どうやらモーターが焼ききれたみたいです。
修理することも考えたのですが、
「掃除機自体いらないのでは?」と、思い切って処分することに。
業務用?というぐらいの大きな掃除機で、十年以上前に購入しました。
一生ものという値段でしたが、使い続けないなら修理しても意味がないでしょう。
ほこりや髪の毛を吸い取るのには便利ですが、我が家はほぼフローリングです。
じゅうたんやラグを使っていないし、
クイックルワイパーと雑巾、ガムテープで何とかなるのではないかと。
粗大ゴミの申し込みは、東京都の粗大ゴミセンターのサイトでしました。
在住地域の地図の場所をクリックすると、それぞれの地域の申し込み画面になります。
電話でも申し込めますが、結構混雑していて「話し中」なことも多いので、
私はだいだいネットで済ませます。
排出者(ゴミを出す人)の住所や名前、ゴミを出す場所などを入力。
品目を選んで計算し、回収OKな日付から都合の良い日を選んで申し込みます。
仮申込確認メールが届くので、承認すれば、本申込完了です。
「掃除機」は一品目しかなく、処分料金は300円。
家庭用の普通サイズじゃないけど大丈夫なのか?とちょっと心配でした。
本体だけならともかく、付属品も色々ついているし・・・。
でも、とにかく出してみようということで、コンビニで300円分のチケット(B券)を購入し、
昨晩、マンションのゴミ集積場前に出しておいたところ、無事回収されていました。
大きさも付属品の多さも関係なかったようです。ほっ。
数は「一つ」ですが、ずい分大きなモノを処分できました。
なんというか、「あるのが当たり前」と思っていたモノでも、
自分の生活にはなくて良いモノってありますね。
常識や先入観を、一度見直してみることも大切かも知れません。
私の両親はモノ持ちですが、携帯電話とエアコンは持っていません。
弟も「捨てられない人」ですが、テレビと冷蔵庫を持っていません。
便利不便、良い悪いではなく、それぞれの生活スタイルがあるのだと思います。
家の片付け、掃除は、これから大変なエリア=ほこりだらけエリアに突入するので、
「掃除機があればなあ」と思うこともあるでしょうが。
壊れてから処分するまでの一ヵ月、ワイパー、雑巾、ガムテで乗りきれましたし、
新しい掃除機を購入する予定はありません。
どうしてもの時は、レンタルしようと思っています。
買うとすれば、ほうきが良いかな。電気代もかからないですし。
2014年10月11日土曜日
2014年9月1日月曜日
ミニマリズムに出会う
今日、人生というか、生き方というか、ライフスタイルを変える決心をしました。
この本に出会ったから。
昨日は、完全オフだったけれど、一昨日の疲れを引きずっていて、何もする気になれず。
夜になっても、心も身体もぐんにゃりとしていたので。
パソコンを切って、寝転がってこの本を読むことにしたのです。
まあ、眠くなったら寝てしまえ、ぐらいな気持ちで。
でも、読んでいく内に、起き上がって、フセンを貼りだしました。
そして、読み終わる頃には、本がフセンだらけに。
それ自体は珍しいことではないのです。
私は結構「感動しい」だし、本や雑誌を読んでいて、ちょっとイイなと思った言い回し、
知らない人名や言葉が出てくると、気軽にフセンを貼ります。
*
「おや」と思ったのは、読み終えた時の心の状態。
「やらなくちゃ」ではなくて、静かに「行動しよう」という気持ちがわいてきました。
なんとなく、楽しいことを想像するような「わくわく」感を伴って。
私にとって、家の中をスッキリさせたいというのは、長年の願いです。
今までも、片付け、シンプルライフ、そうじ力、断捨離など、多くの本を読んできました。
やっぱりフセンを貼って、それなりに納得し、「頑張ろう」と実践しました。
でも、捨てたり売ったり掃除したり整理しても、ほとんど三日坊主。
なぜでしょうか。
今までの本が、まったくの役立たず、というわけではありません。
ただ、それらの本にはノウハウはあっても、私が心から賛同できる思想がなかった。
だから、参考にはなっても、最終目的地には到らなかった、のだと思います。
「腑に落ちる」という言葉がありますが、
頭で決心したつもりになっていても、本当の意味で納得はしていなかったのです。
著者の方々の悪口を言うつもりはありませんが、
「○○を実践した結果、こういう風に生きています」という姿が、
「そうなりたいな」と思うようなものではありませんでした。
評判になったりして、むしろ多忙で大変そうに思えたぐらいです。
部屋はスッキリしていても、メールボックスは片付いているのかな?
どうも、最終目的地が私の求めとあっていなかったようです。
*
この本には、ノウハウよりも、マインドの問題が多く扱われていました。
「自分はこうやって、よりシンプルな生活に移行した」という内容もありますが、
「何のためにそうしたか」「その結果、どうなったか」ということが綴られていました。
ミニマリズムは、何かを強要するものではありません。
シンプルライフに通じるし、より大切なものに集中し、力と時間を割くために、
その他(特に物品や欲)を手放すことを薦めてはいるけれど、
「必ずこれをしなければならない」というルールはありません。
無駄をなくすことは奨励されていますが、
何を無駄と感じるかはそれぞれに任せられています。
持ち物が少なければエライ、とか、そういうことでもないのです。
自分が「こうしたい」と思ったことを、「せねばならない(マスト)」まで持っていき、
己の頭で考えて、「頑張る」のではなくて、ただ「行動する」だけ。
まずは、
「自分の生活を変えることを決意する」
「マストリストを作り、勇気を持って、一歩踏み出す」
そこから始めれば良いと書いてありました。
*
私の今の状態は、とにかく大量のモノ、コトに気持ちが押しつぶされそうな毎日。
いつも追い立てられているように感じ、焦っていて、イライラしがち。
多くを望んでいるわけではなく、相方と二人、欧米人からすれば「ウサギ小屋」で、
のんびり気持ちよく暮らしたいだけなのに、毎日が苦しくてなりません。
原因は何なのか。
大量のモノと情報、それを維持するためにあくせくしなければならないのです。
形のあるモノだけじゃなく、メールだのポイントだのつきあいだのです。
存在意義を認められたいとか、好かれたいとかの欲望です。
それは本当に必要?
それは本当に大切?
もう限界だったのだから、今が決断の時。
私は若くないので、体力的にもこれが最後の機会でしょう。
*
大量のモノその他を手放すことには痛みが伴います。
でも、ここで決意しなければ、残りの人生も鬱々と過ごさねばならないでしょう。
だから、三日坊主にならないように、著者たちを真似することにしました。
エッセイは書けないけれど、記録を綴って公開することならできそうです。
マストリストを作るには、まだ日がかかりそうだけれど、
今日からすることを二つ決めました。
1.毎日、何か一つでもいいから処分する(減らす)こと
2.それを、ここに正直に記録すること
更に、もう一つ、今日から一週間、9月7日までのチャレンジ。
3.消耗品と飲食物以外のモノを一つも買わないこと
お金を使わないということじゃなく、家の中に増えるものを買わないのです。
著者の一人、ミルバーン氏は一年間チャレンジしたそうですが、
それはまだ私には難しすぎるので、まずは一週間。
高額なものにはもともと興味がありませんが、危ない領域は、本と雑貨です。
「買う」という行為自体が好きな上、安価なので簡単に買えてしまうから。
でも、この一週間は、たとえヤフオクで10円でも買いません。
ポイントで買えても(現金を使わなくても)買いません。
心苦しくもあるのですが、その場へ行くと「買いたい」誘惑に勝てないので。
Kさんの個展もN社のイベントも、友達のお店にも、今週は行きません。
この本に出会ったから。
昨日は、完全オフだったけれど、一昨日の疲れを引きずっていて、何もする気になれず。
夜になっても、心も身体もぐんにゃりとしていたので。
パソコンを切って、寝転がってこの本を読むことにしたのです。
まあ、眠くなったら寝てしまえ、ぐらいな気持ちで。
でも、読んでいく内に、起き上がって、フセンを貼りだしました。
そして、読み終わる頃には、本がフセンだらけに。
それ自体は珍しいことではないのです。
私は結構「感動しい」だし、本や雑誌を読んでいて、ちょっとイイなと思った言い回し、
知らない人名や言葉が出てくると、気軽にフセンを貼ります。
*
「おや」と思ったのは、読み終えた時の心の状態。
「やらなくちゃ」ではなくて、静かに「行動しよう」という気持ちがわいてきました。
なんとなく、楽しいことを想像するような「わくわく」感を伴って。
私にとって、家の中をスッキリさせたいというのは、長年の願いです。
今までも、片付け、シンプルライフ、そうじ力、断捨離など、多くの本を読んできました。
やっぱりフセンを貼って、それなりに納得し、「頑張ろう」と実践しました。
でも、捨てたり売ったり掃除したり整理しても、ほとんど三日坊主。
なぜでしょうか。
今までの本が、まったくの役立たず、というわけではありません。
ただ、それらの本にはノウハウはあっても、私が心から賛同できる思想がなかった。
だから、参考にはなっても、最終目的地には到らなかった、のだと思います。
「腑に落ちる」という言葉がありますが、
頭で決心したつもりになっていても、本当の意味で納得はしていなかったのです。
著者の方々の悪口を言うつもりはありませんが、
「○○を実践した結果、こういう風に生きています」という姿が、
「そうなりたいな」と思うようなものではありませんでした。
評判になったりして、むしろ多忙で大変そうに思えたぐらいです。
部屋はスッキリしていても、メールボックスは片付いているのかな?
どうも、最終目的地が私の求めとあっていなかったようです。
*
この本には、ノウハウよりも、マインドの問題が多く扱われていました。
「自分はこうやって、よりシンプルな生活に移行した」という内容もありますが、
「何のためにそうしたか」「その結果、どうなったか」ということが綴られていました。
ミニマリズムは、何かを強要するものではありません。
シンプルライフに通じるし、より大切なものに集中し、力と時間を割くために、
その他(特に物品や欲)を手放すことを薦めてはいるけれど、
「必ずこれをしなければならない」というルールはありません。
無駄をなくすことは奨励されていますが、
何を無駄と感じるかはそれぞれに任せられています。
持ち物が少なければエライ、とか、そういうことでもないのです。
自分が「こうしたい」と思ったことを、「せねばならない(マスト)」まで持っていき、
己の頭で考えて、「頑張る」のではなくて、ただ「行動する」だけ。
まずは、
「自分の生活を変えることを決意する」
「マストリストを作り、勇気を持って、一歩踏み出す」
そこから始めれば良いと書いてありました。
*
私の今の状態は、とにかく大量のモノ、コトに気持ちが押しつぶされそうな毎日。
いつも追い立てられているように感じ、焦っていて、イライラしがち。
多くを望んでいるわけではなく、相方と二人、欧米人からすれば「ウサギ小屋」で、
のんびり気持ちよく暮らしたいだけなのに、毎日が苦しくてなりません。
原因は何なのか。
大量のモノと情報、それを維持するためにあくせくしなければならないのです。
形のあるモノだけじゃなく、メールだのポイントだのつきあいだのです。
存在意義を認められたいとか、好かれたいとかの欲望です。
それは本当に必要?
それは本当に大切?
もう限界だったのだから、今が決断の時。
私は若くないので、体力的にもこれが最後の機会でしょう。
*
大量のモノその他を手放すことには痛みが伴います。
でも、ここで決意しなければ、残りの人生も鬱々と過ごさねばならないでしょう。
だから、三日坊主にならないように、著者たちを真似することにしました。
エッセイは書けないけれど、記録を綴って公開することならできそうです。
マストリストを作るには、まだ日がかかりそうだけれど、
今日からすることを二つ決めました。
1.毎日、何か一つでもいいから処分する(減らす)こと
2.それを、ここに正直に記録すること
更に、もう一つ、今日から一週間、9月7日までのチャレンジ。
3.消耗品と飲食物以外のモノを一つも買わないこと
お金を使わないということじゃなく、家の中に増えるものを買わないのです。
著者の一人、ミルバーン氏は一年間チャレンジしたそうですが、
それはまだ私には難しすぎるので、まずは一週間。
高額なものにはもともと興味がありませんが、危ない領域は、本と雑貨です。
「買う」という行為自体が好きな上、安価なので簡単に買えてしまうから。
でも、この一週間は、たとえヤフオクで10円でも買いません。
ポイントで買えても(現金を使わなくても)買いません。
心苦しくもあるのですが、その場へ行くと「買いたい」誘惑に勝てないので。
Kさんの個展もN社のイベントも、友達のお店にも、今週は行きません。
自分が決めたことは、「マスト」事項として守る。
そこから、始めます。
そこから、始めます。
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